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知らない方が幸せってこともある

今朝の中日新聞の文化面に

「取り違え事件と文化資本」という記事が載っていた。

東京都の病院で60年前、出生直後に取り違えれらた

男性が、病院を訴えて勝訴したというもの。

NHKの番組でもこの問題を取り上げていたのを観たけれど、

なんともやるせない気持ちになるばかりだ。

二つの家庭環境はあまりにも違い過ぎた。

経済的に裕福で文化資本にも恵まれた家庭と、

貧しくて生活するのがせいいっぱいの家庭。

どちらも、もし取り違えられたりしなければ、

もっと違う人生があったのにと思うだろう。

特に貧しい家庭に育った方としての思いはいかばかりかと。

けれど、これがもし同じような家庭環境であるなら、どうなのだろう。

経済的にも、文化的にも、両家庭ともほとんど同じなら、

訴訟するとか、そこまでの思いはあるのだろうか…

「産みの親より育ての親」とよく言うし、

「氏より育ち」という言葉もある。

血のつながりとはなんなのだろう。

60年間も分からずに来たのだから、知らなければ知らないで

それで一生が終わったのに。自分の出生で苦しむこともないのに。

知らない方が幸せだったということもあるけれど、

この場合もそんな気がする……。








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